スポーツインフラとは
スポーツによる地域活性化やまちづくりを考える上で,重要なキーワードのひとつが「スポーツインフラ」だ.スポーツは個人のものであると同時に,みんなのもの,まちにとって重要なもの.そう考えると,スポーツを支えるあらゆるモノ・ひと・コトはインフラストラクチャーになる.
このシリーズでは,スポーツインフラとその経営に関して概説する.
スポーツまちづくりは,多様なステークホルダーによって構成される連携・協働のつながり(社会的ネットワークの構築)を基盤として,スポーツまちづくりに関連する取り組みの持続可能性を確保すること(事業性の確保)が必要になる.しかし,これらだけではスポーツまちづくりはスタート地点にも立てない.スポーツまちづくりの取り組みの核となるスポーツ活動や事業などを活性化し,まちづくりを促進することができる状況を生み出す必要がある.「まちづくりに活用可能なスポーツに関わるモノ・ひと・コト」がスポーツインフラだ.
インフラとしてのスポーツ
一般的にインフラ(インフラストラクチャー)とは,道路,鉄道,上下水道,電気やガス,学校,病院,美術館や博物館などの,わたしたちの生活になくてはならない基盤を指す.宇沢弘文は,広い意味でのインフラを「自然環境」,「社会的インフラ」,「制度資本」に分けて考えている※1.この中でスポーツは,教育や医療,金融,司法に並ぶ制度資本に含まれるだろう.
スポーツには,競技や大会運営に関わるルール,選手の育成・選考や審判,指導者等の資格に関わる制度,スポーツ関連団体の組織の経営管理の規則やガイドライン,スポーツに関連する法制度といった明文化された制度がある.地域独自の遊びとそのローカル・ルールも伝承的な制度だ.また,そこに暮らす人たちの日常のスポーツ活動は,スポーツ少年団や運動部活動,公園や運動場,公共と民間のスポーツ施設,地元で開催されるスポーツ大会といったスポーツ環境が生み出す「そのまち固有のスポーツ的なふるまい(行為規範)」※2であり,地元のプロ・スポーツクラブや実業団チーム,地元出身選手や甲子園代表校を(何となく)応援してしまうのも,ゆるやかな規範であり,広い意味で制度だ※3.
宇沢は,社会的共通資本は社会の共通の財産であり,市民からその管理を信託された職業的専門家(組織)がその専門的知見と職業的規範に従って管理・維持しなければならないもので,たとえその所有形態が私有ないしは私的管理を認められていたとしても,「市民の基本的権利の充足」という社会的な基準に従って管理・運営されなければいけないと述べている※4.これにならえば,スポーツは社会の共通の財産であり,スポーツ組織の知見と規範,基本的権利としての「スポーツ権の充足」という社会的な基準によって経営管理される必要があると言えるだろう.スポーツは,どれだけビジネス化(私有化)されたとしても,民間企業の専有物ではなく,まちの公共財なのだ.
「する・みる・支える」というスポーツとの関わりで特徴づけられるわたしたちのスポーツライフは,個人的な生活の一部だが,等しく充足されるべき基本的権利として社会的な意味を持っている.そして,個人のスポーツライフを豊かにしていくことに留まらず,わたしたち(つまり,まち全体)のスポーツライフとそれを取り巻く地域生活全体を豊かにしていくことを目指すとき,まちの社会的共通資本としてのスポーツの経営は,スポーツまちづくりの最も重要な取り組みのひとつになる.
スポーツライフを支えている基盤には,スポーツ関連施設,スポーツ組織(スポーツクラブや競技団体など)とそこで活躍しているスポーツ経営人材やアスリート,トップスポーツのホームゲームやスポーツイベントなどのスポーツ関連事業がある.これらがまちでの生活を,社会的にも,文化的にも,経済的にも豊かにしていくとき※5,それを,スポーツという社会的共通資本の具体的な事物として「スポーツインフラ」と呼んでいる.スポーツインフラ経営は,スポーツまちづくりの中心的な取り組みだ.
次回は,「スポーツインフラ経営」について概説する.
【脚注】
※1 宇沢弘文(2000)社会的共通資本.岩波新書,p.5
※2 埼玉県や静岡県ではサッカーをするのも観るのも盛んであることは「そのまち固有のスポーツ的なふるまい」の好例だろう.芝生の運動場や公園では身体活動量が増えるし,地元でマラソン大会が開催されるとまちなかにランナーが増える.わたしたちはスポーツ環境からふるまいを統制されている.
※3 多くの岡山市民がJ2・ファジアーノ岡山に親近感を覚え,勝敗に(多少なりとも)一喜一憂したり,スタジアムに足を運んだりするのは,岡山のまちに(空気のように)共有されている「岡山市民のあるべきふるまい」,つまり規範である.この行為の規範は明文化されてはいないものの,岡山市民の地域生活を縛っている制度だ.
※4 宇沢弘文(2000)社会的共通資本.岩波新書,pp.5-22
※5 ここでの社会的な豊かさとは市民の絆や愛着などを醸成すること,文化的な豊かさとは多様な考え方やライフスタイルを許容すること,経済的な豊かさとは経済循環と持続可能性を確保することと捉えている.