スポーツと産業

産業界にとってのスポーツの可能性

 スポーツ×産業の相乗効果で、地域経済に「革新」は起こせるだろうか。ここで言う「革新」とは、エンターテインメントとしてのスポーツの発展やそれによる交流人口の増加など既存の価値観の延長線上にあるものではない。地域を発展させる次世代産業の〝卵〟となるこれまでにない価値の創造。LIFES代表・高岡敦史との対談に臨んだ岡山商工会議所の松田久会頭は、二つのキーワードを挙げた。「データ」と「健康」。岡山産業界の舵取り役を担う経済人の頭の中にはどんなイメージが渦巻いているのか。対談要旨を紹介する。

高岡 スポーツをテーブルにしていろいろなイノベーションを起こしていけると思うが、岡山ではどういう市場展望があるか。

松田 健康関連産業のすそ野が広い。企業の実名を挙げれば、医療用サポーターが主力のダイヤ工業(岡山市)や医療機器製造のオージー技研、帝人ナカシマメディカル(いずれも岡山市)など。かなりの産業創出機会はあると思う。

高岡 トップアスリートを対象にした研究開発からスタートするのか?それとも一般市民から?

松田 健康関連産業はプロだけではなく、全ての人に関わっている。しかし、健康診断機器を装着してウォーキングしたり、ジムに通ったりしてもそこでのデータはその場限りで、クリニックや病院とは共有されない。日ごろジムで血圧を測っていても、病院では一般的な平均値と比べて高いか低いかを調べられる。本来は、個人の平均値と比べるべきなのに。健康状態でスポーツをしている時にデータを記録して、いざと言うときには医療でも使える。そういう記録のつながりがあれば、健康関連のスタートアップ企業が集まってくる。

高岡 スポーツをしながらデータを収集できるモデルを岡山につくりたい。

松田 スタジアムやアリーナでやるスポーツだけではない。岡山は北には山が、南に海がある。蒜山高原のような高地があれば、なだらかに続く平野が広がっており、1級河川が3本、海は多島美にあふれあらゆるスポーツ環境を提供できる自然がある。この恵まれた環境をデータ収集に生かすべきだ。岩登りとか清流でボートやカヤックを漕ぐとかあらゆるスポーツでデータを集められるプラットフォームを作る一大キャンペーンを展開し、岡山がデータ収集のメッカになればいい。

高岡 データを岡山の経済循環につなげるイメージとは?

松田 例えば、データを収集できるアリーナをつくってアスリートからママさんバレー、学生などあらゆる年齢層の女性のデータを基に化粧品を開発するとか。選手の足のタンパク質から作った繊維でより自分のはだし感覚に近い靴を開発できるかもしれない。映像やさまざまな計測機器を使って個々の強み、弱みを分析し、トレーニングに生かせば、個人競技だけではなく、団体競技のレベルアップにもつなげられるだろう。

高岡 データの収集、活用には経済界からの投資、出資が不可欠だ。

松田 データは共有するけど、参加費をくださいと。1社でやると大変なので、さまざまな企業から少しずつお金を出してもらうには、データを共有できるプラットフォームがいる。アクセスする権利、どんなデータを取るかをコントロールする権利、それが段階的になって価格が変わる。もし、今後アリーナやスタジアムを建設するとしたら、それを運営費に回す手法でなければ経営していけないのではないか。選手や利用者からデータを取るのだから、何に活用するのかきちんと説明して不安に感じさせないことが重要。健常者にも障害者にも分け隔てなく恩恵があるユニバーサルデザインの発想も不可欠だ。あと、eスポーツのようなデジタル的なものは今後見逃すべきではないだろう。

高岡 競技を高めること、スポーツを振興していくことだけがスポーツ界の使命ではない。スポーツにまだまだ見えていない経済的価値、あるいは次の社会を創るために貢献できることが多分にあるという自覚を持ったほうがいい。

松田 これまでの大量生産されていた靴やテーピングにデータを反映させて少し加工して、個々の選手の特性を反映した商品にする。中にはこれまでにないような成果を上げるものも出てくるだろう。個人向けにカスタマイズした商品が一般化する。データを提供すればするほどフィードバックが大きいとなれば、協力したいと思う選手も増えてくると思う。


まつだ・ひさし
1952年生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、三井銀行を経て1987年に両備システムズ入社。以降、両備グループ各社の取締役を務め、2019年から両備ホールディングス取締役副会長。岡山商工会議所では1999年議員に就任の後、常議員、副会頭を経て2019年から会頭を務める。2021年3月に「ウェルビーイングな都市(まち)おかやま」の実現に向けたまちづくり提言を実施。提言の中にある『おかやまDXアリーナ構想』の実現に向けて取り組んでいる。